大学側は、10月8日の役員会懇談会で確認したとして、人事院勧告に準拠して今年度ただちに寒冷地手当を改定することを組合と過半数代表者に提案している。端的にいって賃金の大幅な引下げである(たとえば川渡や浅虫などは今年3万円減、来年以降毎年経過的に2万円ずつ減。仙台については2006年度4万円減、2007年度から毎年3万円ずつ減、廃止)。
10月13日に行われた組合と北村理事との懇談の際、北村理事や兵頭戦略スタッフから出された改定根拠はおよそ「独立行政法人通則法によって社会一般の情勢への適合が求められている」「本学の就業規則は基本的に公務員制度準拠である」「寒冷地手当を維持する予算がない」「独自に制度検討する体制が不十分である」「寒冷地手当で減らした分は他の人件費の原資とする」というものである。組合は、こうした根拠では、一般に就業規則の不利益変更に求められる「高度の必要性に基づいた合理性」がないと考える。役員会に対して拙速な寒冷地手当改定手続きを中止し、経営者に相応しい説明責任を果たすよう強く要求するものである。なお、組合と十分交渉しないで一方的に重大な不利益変更を強行することは不当労働行為にあたることを付言するものである。
大学側は、「独立行政法人通則法の定めるところにより、本学の給与は社会一般の情勢に適合していることが必要である。だから人勧に準拠することは合理的である。それとも民間準拠がいいと言うのか」と言う。しかし人勧は民間の動向を根拠に寒冷地手当削減・廃止と言っているのだから、こうした議論の立て方は筋が通っていない。
また、独立行政法人通則法は、公務員型については「給与法、民間賃金、業務の実績及び中期計画の人件費の見積りその他の事情を考慮して定められなければならない」ことを謳い、非公務員型については、「業務の実績を考慮し、かつ、社会一般の情勢に適合したものとなるように定められなければならない」と謳っている。つまり給与法や民間賃金への準拠をやめたところに非公務員型の国立大学法人での給与決定システムの本質があり、これらを理由として年度の途中で労働条件の不利益変更をすることを独立行政法人通則法は求めていないのである。人勧は主体的な人事政策のための参考資料の一つに留めるべきものである。まずは本学教職員の寒冷地増嵩費調査を行うとともに、同規模の国立大学法人や大手私立大学、仙台地域の大企業の給与制度等について独自に調査し、それらに基づいた提案を役員会は行うべきである。
しかも、大学が配布した「人事院勧告に伴う寒冷地手当の取扱いについて」には、「地域の公務員給与の見直しの一環として、民間準拠を基本に、抜本的に見直し」とある。つまり今後の人勧準拠は基本給の切下げにつながりかねないのである。人勧による今後の「地域の公務員給与の見直し」とは、東北・北海道地区では公務員賃金が民間企業の平均よりも4.77%高いので、その分基本給を切下げるべきだというものである。役員会は、本学の教職員が東大や京大におけると同一の業務をしていても東北・北海道地区なので4.77%賃下げをするというのだろうか。無批判な人勧準拠はさらなる賃下げと不況の悪循環を招き、地域経済を陥没させることを、今や地域の一リーダーとなった本学役員会は認識すべきである。
大学側は、「本学の就業規則は基本的に公務員制度準拠である。役員会として法律もふまえて提案し、労働者側の意見を聴取して就業規則を改定する。今回の寒冷地手当規程改定は正当である」と言う。
しかし、本学の場合、一部大学のように就業規則体系に人勧準拠が明記されているわけではない。実態として従来の労働条件が維持されているのと、制度として人勧に準拠しているのとは別問題である。また、役員会懇談会から提案されたことになっているが、これ自体が無責任なことである。国立大学法人法に定められている役員会ではなく、懇談会や諮問機関(総長補佐会議)で、教職員に労働条件変更を提案する方針を決定することは手続き的に疑義がある。
そもそも就業規則は、労働者保護のために国が使用者に制定を命じたものであり、労働者にとって不利益な変更を一方的に強行するフリーハンドは役員会に与えられていない。今回の寒冷地手当改定提案は、数年間にわたって全教職員から総額3億円以上の生活費を奪うものなのだから、教職員に事の重大性をあらかじめ提起し広く意見を求めるのが当然である。10月29日の寒冷地手当支給をやめる就業規則改定案が10月20日の終業時刻現在で成文化されていないなどは論外である。ましてや教職員にとっては、ほんの半年前に寒冷地手当が従来通り支給される就業規則が制定されたばかりである。人事政策としても今回の不利益変更は教職員の士気を著しく損なうものではないだろうか。いわんや本給4.77%引下げへの一里塚であればなおさらである。
寒冷地手当制度見直しに反対する国家公務員の取り組みに対して、民間労働者から「民間なら一方的な不利益変更は許されない」というエールが寄せられている。一般に、労働契約の不利益変更には、従業員の被る不利益の程度、必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他の関連する労働条件の改善状況、多数労働組合または多数従業員との交渉経緯、他の労働組合または他の従業員の対応、不利益変更内容に関する同業他社の状況等をふまえた高度の必要性に基づいた合理性が求められるのである。
内容的には労働組合や過半数代表者が到底納得しえず、手続き的には提案主体に疑義があり、教職員が十分に改定内容を認識しえない状況下での不利益変更には違法の疑いがあるのではないだろうか。
大学側は、「寒冷地手当を維持する予算がない。今後も減額が予想される。労働条件を低下させないで法人移行することにはそもそも無理があった」と言う。
それならば、まず経営判断を数字で示すべきである。労働条件を低下させずに法人移行する予算を措置することは、国立大学法人の制度設計上当然の前提だったはずである。従来水準の人事制度を維持するために必要な運営費交付金が国から措置されていないというのであれば、それはすなわち政府が国会の附帯決議に反した制度運用をしているということである。役員会は、政府に対して、国立大学法人法の趣旨に則って所要の予算の措置を求めるべきである。その動きについて組合には積極的に協力する用意がある。
大学側は、「本学独自の給与制度を検討する体制が不十分である。一方、人事院の調査は信頼できるし、人件費が税金で賄われている。だから人勧に準拠することには合理性がある」と言う。
しかし、これでは人事院が経営者かと疑われるのではないだろうか。独立した法人という意識が少しでもあるならば、役員会が自分の言葉で教職員と社会への説明責任を果たすべきである。新制度を検討する体制が不十分ならば、寒冷地手当規程を理由なくいじるのではなく、新制度の検討を急ぐのが当然である。人事院は寒冷地増嵩費の実情を訴える声に対して、寒冷地の費用がかさむことは理解するが民間の平均値に準拠したいという理由で、今回の寒冷地手当見直しを勧告した。つまり人事院は本学が準拠するに足る経営判断も必要性判断もしていないのである。本学の役員会には、高度の必要性に基づいた合理性について、まさに独自の経営判断が求められているのである。
大学側は、「人件費以外に使う意図ではない。寒冷地手当改定によって生まれる3億円強の使い方はこれからの検討課題である」と言う。
たとえばサービス残業の解消のために使うということだろうか。そもそもコンプライアンスの問題として不払い労働はあってはならない。まず役員会の責任で超過勤務の実態を明らかにし、組合と約束した業務縮減のためのアクションプランを早期に策定すべきである。
人件費の合理的な配分を検討するというのであればなおさら、本学の基本的な人事政策を先に提案し全学の教職員に問うべきである。組合は、労使関係の円滑化のために、賃金改定は1年のうちのいつ頃にどう行うか提案して欲しいと既に何度も大学側に要請している。
不払い労働をさせれば総長や理事等の使用者が刑事罰に問われる法制度下にあるにも拘らず、多くの現場では法人化前からの長時間労働問題、サービス残業問題は依然として放置されたままである。教職員はオーバーワークに耐え移行期の大学業務を支え続けている。役員会として人事管理上第一にやるべきことをやらずに、教職員にただ不利益だけを押しつけるのでは、役員報酬こそ節約されるべき不要不急の支出ではないかと疑われよう。役員会は、全学から信頼され尊敬されるリーダーシップを発揮するべきである。
2004年10月21日
国立大学法人東北大学職員組合