東北大学職員組合賃金・人事制度検討委員会
現在、人事院は国家公務員の給与を大幅に引き下げるとともに、給与の地域間格差を拡大しようとしています。本来、人事院勧告や給与法は国家公務員対象であり、非公務員化された国立大学法人の教職員には適用されません。しかし、政府が国家公務員の給与引き下げにあわせて運営費交付金を削減してくる危険があります。また、昨年度の寒冷地手当削減・廃止の経過が示すように、東北大学の役員会が自主的な経営姿勢を持たずに、類似の給与引き下げを行う懸念もあります。
しかし、この引き下げは本当にやむを得ないのでしょうか。そして、国立大学法人と東北大学も同様に引き下げるべきなのでしょうか。私たちはこの文書で、給与引き下げに合理性はないこと、むしろ国立大学法人と東北大学の給与は国家公務員よりも低いこと、大学の仕事の価値を正当に評価して処遇を改善すべきことを明らかにしたいと思います。
公務員の処遇に対する批判が強まっています。あわせて、独立行政法人の職員給与についても、閣議決定「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2005(骨太の方針2005)」(6月21日)が人件費抑制・運営費交付金見直しの方針を打ち出しています。
現在人事院は、8月の人事院勧告に向けて国家公務員の給与引き下げ方針を提案しています。そこで述べられている改訂の理由は、要約すれば以下の2点にあります。一つは「国家公務員の給与は一部地域で民間より高いので、不適当だ」というものであり、もう一つは「年功序列の処遇が行われているが、これを職務・職責・勤務成績に基づくものに改めるべきだ」というものです。
私たちは、一部で問題になったような、職務の裏付けがない手当を要求するつもりはありませんし、公務員や独立行政法人職員の給与が民間企業のそれから突出してよいとも思っていません。業務の効率化をすすめることも当然です。現に、私たちは法人化にあたっても、節度ある要求を厳選して掲げ、また大学運営改革のために様々な積極的提案を行ってきたところです。
しかし、人事院の問題意識と方針は、本当に正しいのでしょうか。私たちは、現在の人事院の方針には問題があり、またこれを国立大学法人と東北大学に適用した場合にはたいへんな不合理が発生すると考えています。以下、具体的に見てみましょう。
人事院は、これまで全国の民間企業の賃金水準を調査し、官民較差の状態を見ながら国家公務員の給与について勧告を行ってきました。このこと自体には一定の合理性がありました。しかし、今回は、地域別に官民較差をとらえ、一部地域で国家公務員の方が民間よりも賃金が高い「官民逆較差」が存在するとして、こうした地域では給与を引き下げるべきだと主張しています。とくに東北・北海道地域は、行政職(一)とこれに対応する民間企業の「官民逆較差」が4.77%と全国最大なので、給与引き下げの中心対象となっています。具体的には、全国一律の俸給(東北大学では基本給がこれに相当)を平均5%引き下げます。あわせて、現在、民間賃金・物価・生計費の水準に応じて勤務地域別に支給されている調整手当(仙台では3%)を廃止し、より民間賃金の分布を重視した地域手当を新設します。地域手当の率は0-18%ですが、引き下げられた俸給と地域手当の合計が、東京都区部では現状維持となるようにし、他地域は引き下げとなるようにするのです。7月14日の人事院案によれば、仙台市の調整手当は6%となっています。この改訂は行政職(一)のものですが、他の俸給表も均衡を取って見直すとしています。
したがって、仙台市に勤務する国家公務員は、俸給引き下げ(5%)・調整手当廃止(3%)・地域手当新設(引き下げられた俸給の6%)をあわせて考えると、以下のようになると思われます。
現行の俸給=A円
現行の調整手当=0.03A円
合計=1.03A円
改訂後の俸給=0.95A円
改訂後の地域手当=0.95A×0.06=0.057A円
合計=1.007A円
(改訂後の俸給+地域手当)/(現行の俸給+調整手当)=1.007A/1.03A≒0.978
つまり、平均2.2%の給与引き下げとなるのです。しかも6%という地域手当は確定ではありません。もしも3%になると平均5%の給与引き下げとなります。また、退職手当の計算の基礎になるのは俸給ですから、この措置は退職手当の削減という結果も招きます。
このような方針が8 月に人事院勧告として出され、秋には給与法改正として確定するかもしれません。そして、それと並行して東北大学に持ち込まれるかもしれないのです。
しかし、この地域別「官民逆較差」論には重大な問題があります。それは、比較対象となっている民間企業での地域間給与格差を丸ごと是認し、国家公務員は無条件でそれにあわせるべきだという考え方です。現在でも、人・モノ・カネ・情報の大都市、とくに東京への一極集中は深刻な問題を生んでいます。集中のもたらすメリットとデメリットについては色々な意見があるでしょうが、地方の視点から見れば、現状をそのまま是認することなどできません。まして人事院の方針通りに東北地方の給与を引き下げれば、需要の減退は確実であり、地域経済に深刻な打撃となるでしょう。また、国立大学法人にこれを持ち込んだ場合、職員採用は地域別ですから、優れた人材を東北地域の国立大学に獲得することは極めて困難となるでしょう。
次に、国立大学法人と東北大学について、給与を国家公務員および民間企業と比べてみましょう。もともと、これは政府の方針です。国立大学法人法第35 条、独立行政法人通則法第63 条第3 項により、国立大学法人職員の給与の基準は、当該独立行政法人の業務の実績を考慮し、かつ社会一般の情勢に適合したものとなるように定めなければならないとされており、また2004年9月10日閣議決定は、国立大学法人職員の給与改訂にあたっては、国家公務員の給与を十分考慮した適正な給与水準とすることを要請しています。これらを受けて2005年2月7日に総務省が「国立大学法人等の役員の報酬等及び職員の給与の水準の公表方法等について(ガイドライン)」を定め、2005年6月30日に文部科学省が国立大学法人の給与水準を公表しました。
国家公務員と比較した場合、給与を引き下げるべきという結論にはなりません。なぜならば、国立大学法人全体の給与も、また東北大学の給与も、国家公務員平均よりはるかに低いからです。
官民較差の比較対象になっている行政職(一)と国立大学法人の事務・技術職員の給与を比べてみましょう。行政職(一)平均と比較した国立大学法人事務・技術職員の平均給与は86.6%、東北大学事務・技術職員の平均給与は86.0%です。つまり、東北大学事務・技術職員の給与は、国家公務員より14%も低いのです。
なぜ、このようなことになるのでしょう。文部科学省の公表資料に記載されている、年齢別給与分布状況が手がかりになります。これによると東北大学事務・技術職員と国家公務員行政職(一)の給与の差は、年齢とともに広がっていき、とくに48 歳以後は年収ベースで200 万円近くになります。この現象が起こる理由は、東北大学に、上級に格付けられた職務が少ない(定員が少ない)ことです。2004 年度の人事院勧告によれば、行政職俸給表(一)が適用される国家公務員のうち、24.4%が7 級以上に在職しています。一方、東北大学の事務・技術職員で7級(課長相当)以上に在職するのは、8.1%に過ぎません。上級のポストがないために昇格が遅れ、国家公務員平均よりも低い級で定年を迎えざるを得ないのです。
これは、もともと国立大学時代から、大学の職務が不当に低く評価されてきた結果です。能力や業績に関係なく、上位級の定数が少ないために昇格の可能性が閉ざされていることは、大学における人事管理の積年の問題点となっていました。しかも、法人化によって大学事務・技術職員の業務は急増し、また範囲が極度に拡大することになりました。独立した法人としての当事者責任や説明責任を負うための業務、独自の経営方針や人事管理システムを支えるための業務、大学評価に関わる業務、労働安全衛生法に対応する業務などが新たに加わり、また社会貢献と産学官連携のための業務も以前より飛躍的に拡大しました。これらについて、困難度、責任、複雑度を正確に見るならば、職務評価が高められてしかるべきでした。しかし、法人化時点では以前の職務評価に基づく人件費しか運営費交付金には算定されなかったのです。これに加えて、法人化後も上位の職務を文部科学省からの派遣職員が占めていることが、問題をさらに深刻にしています。
したがって、法人法・通則法・閣議決定にしたがい、事務・技術職員を基準として国家公務員と比べるならば、国立大学法人および東北大学の給与は引き下げられるべきではなく、むしろ引き上げられてしかるべきなのです。
民間企業と比べるとどうでしょう。人事院が発表した月給の全国的な官民較差は、民間企業の方が0.01%高いというものです。また賞与については国家公務員が0.01 カ月高いとのことです。文科省の計算は賞与を含む年間給与額、人事院の計算は月間給与額と賞与が別々という違いがあり、正確な比較はできませんが、おそらく方式を統一しても官民較差は小さいので、東北大学事務・技術職員の給与は、官民較差の比較対象となっている民間企業労働者よりも低いと言えます。
ただし、官民較差はラスパイレス方式の比較ですから、正確には、国立大学法人や東北大学事務・技術職員の職務と、これに相当する民間の職務について給与を比較しなければなりません。国立大学法人の事務・技術職員は上位の級が少ないので、比較対象も給与の低い職務となってしまいます。その結果、国立大学法人と民間企業の給与とどちらが高くなるかは、改めて調査してみなければわかりません。ただし、私たちは国立大学法人の仕事に対する低い格付けを前提に、民間企業と比較することは適切ではないと考えています。民間企業との均衡についても、大学の仕事の価値を見直した上で検討されるべきです。
人事院は昇給方式も変更し、定期昇給というべき部分の多い現行の方式を、職員間の差を拡大するものに変えようとしています。具体的には、号俸を4 分割するとともに、普通昇給(年に1度の1号俸昇給)と特別昇給(勤務成績が特に良好とされる場合の昇給)を一本化し、勤務成績に基づいて何号昇給するかを決定しようとしています。それとあわせて、枠外昇給(級の最高号俸に達してしまった教職員は、1年半または2年に1度だけ昇給する)を廃止し、現在枠外に在職している者の俸給を、みな最高号俸まで引き下げるとしています。
現在、級の中での普通昇給については、勤務評定が細かく行われず、年功的な運用となっています。その一方で、特別昇給はその基準に不透明さがつきまとっています。この原因は、勤務成績を評価する公平なシステムが構築されていないことにあります。したがって、年功的な運用を改善しようとすれば、評価システム(人事査定制度)の議論を正面から行うべきであり、それなしに号俸の区切り方や普通・特別昇給の境目をいじっても無意味です。それは、とにかく差がつく形をとりつくろえばいいという粗野な発想にもとづくものであって、決して公平な処遇や業務の効率的推進につながるものではありません。むしろ、評価への不満を募らせ、士気の低下、チームワークの不全などを引き起こすでしょう。また、評価システムがないままに毎年、全職員について評価をすることはたいへん繁雑な作業となるでしょう。
以上のことから、号俸の細分化と普通昇給・特別昇給の一体化を国立大学法人に持ち込むことも適当ではありません。年功的運用を変更する場合は、評価システム(人事査定制度)についての議論を十分に行うことが前提です。
枠外昇給の廃止を東北大学に適用した場合、枠外に在職している教員140名程度、看護師等20名強、医師10名弱、事務・技術職員10名強、技能・労務職員若干名がこの影響を受けます。一気に最高号俸まで引き戻されるのでたいへんな減収となります。
枠外昇給もまた、職務の格付けが適切に行われていないことに起因しています。例えば教員の場合、教授が教育職(一)の5級で、それより上位の級はないため、どんなに困難で重要な職務を担うようになっても昇格しないのです。枠外昇給は、これを補っているに過ぎません。したがって、枠外昇給の見直しについても、職務格付けおよび評価システムを整えることがあわせて必要であり、それなしの単なる給与引き下げは不合理です。とくに、現在枠外に在職している教職員に対して、当人に何の落ち度もないのに大幅な減収を強要することは許されません。
人事院方針と、その国立大学法人への適用は、以上のような問題を持っています。ここで注意すべきは、人事院勧告・給与法改正が国立大学法人に及ぼす影響は、政府によるものと法人経営者によるものの2つが懸念されることです。
政府による影響は、運営費交付金の削減によって生じます。政府が、国家公務員の給与引き下げ分だけ、東北や北海道に立地する大学の運営費交付金を削減するかもしれません。今年度の授業料標準額の引き上げ分だけ運営費交付金を削減した前例からすると、類似の措置がとられる危険は大きいと言わねばなりません。
現在、文部科学省は、国立大学法人等学長会議(6月17日)や全大教との会見(6月27日)の場で、国家公務員の給与改訂は運営費交付金には影響しないという見地を表明しています。しかし、「骨太の方針2005」は前述の通り独立行政法人の人件費・運営費交付金抑制の方針を出しており、財務省も同様の見地を国公労連との交渉において表明しています(7月20日)。文科省の言明は、政府全体の動きではありません。
人事院の方針を機械的に国立大学法人に持ち込むことは、二重の意味で間違っています。ひとつは、前述したように、法人法・通則法・閣議決定に忠実にしたがえば、国立大学法人と東北大学の給与は低すぎるのであって高すぎるのではないことです。もともと国家公務員時代から、国立大学事務・技術職員の待遇が劣悪だったのであり、これを是正しなかった結果が、いま現れているのです。したがって、政府は国立大学法人教職員の実態を正視して、運営費交付金で十分な給与財源を保障すべきです。
もうひとつは、国家公務員の給与を理由に運営費交付金を削減することは、国立大学法人化の理念を政府自ら否定するものだということです。私たちは法人化には様々な問題があるために反対してきましたが、現に法人化された以上は、この制度が持つプラス面だけでも最大限活かさねばならないと思っています。その一つが、人事制度や運営費交付金の使途を大学が自主的に決められることです。もしも政府が国家公務員と同様の給与引き下げを国立大学法人に強制するのであれば、それはこの、法人化が持っていたかすかなプラス面を政府自ら破壊することになります。自主的人事政策も、中期目標・中期計画の責任ある遂行も、みな絵に描いた餅となり、制度の信頼性は損なわれ、教職員の士気は低下するでしょう。法人役員も自主的経営の意欲を失うかもしれません。
運営費交付金の削減は、経営の自主性と財政基盤を破壊する攻撃です。私たち組合だけでなく、国立大学法人の役員も全力で抵抗すべき立場にあります。私たちは、仮に国家公務員給与引き下げ案が実施されたとしても、それに対応して国立大学法人運営費交付金を削減するような措置はとらないように、政府に断固として働きかけます。そして、国立大学法人東北大学の役員会が同様の立場に立って、ともに大学の自主性を守ることを訴えます。
法人経営者による影響は、東北大学の役員会が人事院勧告・給与法改正に無批判に追随し、給与の大幅引き下げを強行することによって生じます。ほとんどの国立大学法人は、法人化に際して給与制度の骨格を維持しており、現時点では給与表も国家公務員時代とほぼ同一のものを用いています。そして、東北大学の場合、昨年度、寒冷地手当の削減・廃止について役員会が全面的に人事院勧告・給与法改正に追随した経緯があり、今回も、役員会が自主性のない態度を示す危険性があります。
しかし、何度も繰り返しますが、東北大学事務・技術職員の給与は国家公務員平均よりもはるかに低いし、民間企業との関係も慎重な検討が必要です。いま給与を引き下げるべき合理的な根拠はないのです。職員の実態よりも人事院方針の機械的持ち込みを優先するならば、自主的経営の完全放棄です。
その結果は破壊的なものでしょう。まず仙台市に勤務する場合、成績とも職務とも無関係に給与が2.2-5%引き下げられます。事業場によっては、調整手当と地域手当の差により、いっそうの引き下げになるかもしれません。法人化準備以来、過重な管理業務を強いられている教員、超過勤務と不払い残業が累積している職員の我慢は、限度を超えるでしょう。そして、優秀な人材を東北大学の教員や職員に獲得することは困難になるでしょう。独立した法人となった東北大学を、教職員が一丸となってもり立てるのが組合としても理想なのですが、払うべきものが払われないところでそれは無理というものです。
研究・教育の発展、学生サービスの向上、地域産業と市民生活への貢献は、すべて教職員のはたらきによって支えられているのです。教職員の生活を破壊しながら東北大学が発展し続けることはできないことを、役員会は熟考すべきでしょう。
国立大学法人化に伴い、国家公務員の教育職俸給表の中に、国立大学法人が依拠できるものがなくなってしまいました。このため、国立大学協会が日本人事行政研究所に委託して、教員用の「参考給与表」を作成中です。東北大学は、この「参考給与表」に依拠して給与改訂を行おうとするかもしれません。
しかし、国大協は法人化直前の教育職俸給表(一)に今年度の人事院勧告を反映したものを「参考給与表」にしようとしており、人事院方針の欠陥がそのまま引き継がれています。したがって、問題を何ら軽減するものではありません。
そもそも、法人化直前の教育職俸給表(一)に今年度の人事院勧告を反映したものを「参考給与表」にすることが誤っています。法人法・通則法・閣議決定・総務省ガイドラインの考え方は、各国立大学法人の給与水準を、社会一般の情勢および国家公務員と比較せよというものです。国大協の文書では、この考え方が強調されています。一方、人事院勧告は国立大学法人の給与は考慮せず、国家公務員と民間の比較の観点から作成されています。ですから、人事院勧告に追随すべき理由はないのです。
国大協が、自ら立てた基準に従うならば、事務・技術職員の給与を国家公務員の平均に向かって引き上げるべきだ、政府はそのための運営費交付金を保障すべきだ、という結論になってよいはずです。まず、その見地から事務・技術職員の「参考給与表」を作成すべきです。そして、他職種の「参考給与表」も、比較対象を適切に選び、職種間の均衡を保ちつつ作成すればよいのです。教員用給与表以外は人事院勧告に右ならえし、教員用も人事院勧告追随で作成するというのは、経営者としての自主的思考の放棄にほかなりません。
以上のことから浮き彫りになるのは、国立大学法人東北大学の人事・給与制度が直面する課題は、給与を引き下げることでもなければ、とにかく職員間に差をつけることでもないということです。
東北大学の給与は決して高くありません。むしろ担っている仕事に対して低すぎるというべきであり、国家公務員との均衡を考慮すれば引き上げるべきなのです。
職務・職責・業務成績に基づいた処遇が真の意味で進むことには、私たちも異論はありません。しかし、人事院の方針を機械的に持ち込むことでは、それはまったく実現できません。問題の所在を取り違えているからです。
東北大学における真の問題は、教職員が担っている仕事の困難度や責任が正しく評価されていないことであり、その結果として給与が低く、年功的な措置でこれを辛うじて補っているということです。したがって、事態を前向きに解決するには、職務分類・職務評価を見直すことです。例えば事務・技術職員については、大学改革に奮闘し、法人化移行の重責を担い、独立した法人の当事者責任を支えている職務価値の高さを、正当に認めるべきです。それに基づいて適切な昇格の可能性を増やし、平均給与をさしあたり国家公務員平均の水準に近づけることが必要です。教員については、職位だけでなく具体的な仕事の内容によって適切な報酬が受けられるしくみが必要です。例えば、以前から組合が提案しているように、私立大学で広く見られる増担手当を設けるなど、教育の責任と困難度について正しく報いるしくみが検討されるべきです。こうして仕事の価値が正当に評価されてこそ、その達成度を評価するシステムも公正なものとしやすくなるでしょう。
もちろん、このことは低い職務評価を前提にした運営費交付金の水準では困難です。学内で運営費交付金を他の有益な使途と奪い合うことは私たちの本意ではありません。政府が、国立大学法人の仕事の価値を認め、これにふさわしく運営費交付金を着実に増額させるべきなのです。
法人化によって、職員の仕事も教員の仕事も増え、困難度や責任が増しています。仕事の価値が正しく評価されてこそ、大学の自主性が発揮され、着実で、創造性あふれる研究・教育が発展するでしょう。