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東北地区女性交流集会報告(20050618-19 仙台・秋保「岩沼屋」)

詳細報告はこちら(PDFファイル)

特別講演「法人化後、私たちの労働条件はどう変わったか?」
講師 東北大学経済学研究科助教授 川端 望氏

講演の進め方等

 講演の前に、私の話で2点ほど割り引いて聞いてほしい。1点目は、私に子どもがいないため、育児の話が抜け落ちること。2点目は、過労体質が抜けないため、いざとなったら「死ぬまで働け」となってしまう点だ。(笑)

 今日のテーマ「法人化後、私たちの労働条件はどう変わったのか」についてどのように話を進めるかだが、まず、法人化後の私たちの、社会・大学・市場における位置づけ、市場は「労働市場」だが、そういう私たちの存在自体が法人化でどう変わったのかについて話す。そのあと、具体的な労働条件の変化と問題点を話す。これは別途「法人化以後、労働条件はどう変わったか」(以下、「マニュアル」)という分厚のレジュメを用意したのでこれに基づいて説明する。時間の節約のため、ひと区切りの話の後、約15分のコーヒー・ブレイクを入れる。その間に質問を出してもらい、一番多いものを中心に話したい。

 その後、あと数ヶ月で何が起こるのかということ、有り体に言えば、給与の引き下げだ。それもちょっとやそっとではなく、基本給の部分で言えば5%から7%、40万なら2万、30万なら1万5千、減らされるという問題だが、この話を最後にしたい。

法人化前後で、私たちの位置はどう変わったか

 まず、法人化前後で社会・大学・労働市場における私たちの位置はどう変わったのかということを話したい。(参照「マニュアル」p1)

 大学教職員の労働条件は、そもそも何によって決定されるのか。

 いわゆる職員は、一般社会の労働市場、大学の人事制度、それから組合と大学という意味での労使関係、ここでの労使関係は集団と集団との関係を指すが、これらで決まると考えてよいだろう。ただ、わが国の労働市場は、あるところまでは流動的だが、ある部分は流動的ではない。つまり、専門職とパート・アルバイトの世界は流動的でしょっちゅう転職したりする。しかし、いわゆる正社員の世界は一回入社したあと、少しずつ昇進していくということが、崩されてきているけれど、まだだいぶ強いという特徴をもっている。職員はこちらに近い。

 教員はどうか。教員労働市場は独自の世界だ。他の仕事に比べると流動性がある。つまり大学を移るということだ。評価の仕組みも、コネやいんちきもあるが、まあまあ機能している。そういう点が一般の労働市場と違う。そこに人事制度と労使関係が影響を与える。また、今までは大学自治だったので、管理運営制度にも影響される。評議会や教授会のあり方にも影響を受ける。さらに、教員の場合は、給与より研究費の方が気になるという性格がある。今までは国家公務員だったので給与の方はなんともならない。そのため研究費の方に関心を向ける。つまり、研究教育資源をどういうふうに配分するかが気になる。それから、自分の仕事の中身に打ち込む人が多いから、研究教育資源の配分が労働条件に直結してくる。

 以上のような違いがあることを念頭において話を聞いてほしい。

管理運営の理念が大きく変わった

 法人化したことによって、管理運営の理念そのものが大きく変わった。

 今までの国立大学時代は自治があるといっても国の機関であり、日本政府の大きな機構の一部分であって、独立した法人ではない。独立した立場で取引をしたり意思決定をしたりすることが制限されていた。ただ、ある一定の範囲内で大学の自治というのが認められていた。国の統制がない部分は、評議会や教授会が大学自治でものを決めてよい、例えば、教員人事、学長選挙といったことだ。

 これがどう変わるかというと、まず、統制の形が新しくなる。大学が独立した法人格を持っているので、国の直轄機関としてあれこれ命令することはできない。つまり、ピラミッドの仕組みの中の下の方にあるとみなすことはできない。一応独立した法人なので、運営費交付金という予算の新しい仕組みを使っていろいろ統制する。

 例えば授業料だ。運営費交付金は、大学が自主的に経営するために、6年間は決まった金額を与える。ただし毎年1%効率化係数をかけて、1%ずつは自動的に減るという仕組みだ。ちなみに、附属病院があると病院の部分は毎年2%ずつ減らすというひどいことをされている。ただそれ以外は金額は変えないから自由に使ってよいということだった。

 ところが、授業料の標準額を上げる。大学では授業料を上げなくてもよいが、授業料が上がったものとしてその分の運営費交付金を減らす、というふうに去年やってしまった。そのため、ほとんどの大学は授業料を上げた。このようにいままでと違った間接的なやり方で統制をしてくることがある。

 大学の中ではどうなったか。

 独立した法人格を持っている。それから、学長権限が非常に強化されている。それで学長が権限を持っているという意味での一定の自主経営ができる。政府ではなく学長が決めて、大学が決めるという意味での自主経営はできる。例えば、大学の部局やセンターをいじるときには、今までは文科省の許可が必要だったが、許可がいらなくなった。

 教職員は基本的に研究・教育的仕事をするために雇われている労働者だという建前になった。今までは国家公務員だから奉職者だった。全体の奉仕者として国民に仕えるために、国という巨大な機構のピラミッドの一つの歯車になっていた。労働契約という考え方が十分認められなかった。これが変わる。「仕事のために私の労働力を売るから金払ってね、契約ですよ、もの売ったり買ったりするのと同じですよ、でも私人間だということをわかっておいてね」という世界だ。完全に雇用契約になっている。これが違う。

 しかし、公務員でなくなると、教育公務員特例法が適用されないから、教員の身分保障は後退する。公務員ではなくなったから、そもそも全体としての身分保障、よほどのことがない限りくびにならないという身分保障はなくなった。

 以上が、管理運営理念がそもそも転換するということだ。したがって、いやな言い方をすれば、「金の分だけ働いて後のことは知らないからね」という言い方が建前として可能となった。国家公務員がこういうことを言うのはまずいが、民間の労働者が言うのは当然のことだ。

ほぼ民間と同じ労働関係に転換

 次に、労働関係の転換だ。公務員の労働関係から、民間の労働関係とほぼ同じになった。今まで、国家公務員時代は国家公務員法が適用されていた。給与法、勤務時間法、国家公務員退職手当法、国家公務員育児介護休業法、そういった法が適用されていたが、そのほとんどが不適用になった。代わって、民間の会社に勤めている人に適用されているものがほとんど適用されるようになった。

 まず、一番大事なのは労働基準法だ。しかし、法人化されるにあたって、労働基準法が自分たちに今まで適用されていなかったことを知らない人が多かったようだ。労働基準法、労働組合法、労働関係調整法、労働安全衛生法、育児介護休業法、パート労働法、みな適用される。

 それで何が違うのかというと、勤務条件法定主義から、私法上の労働契約と労使自治へと変わる。

 簡単に言えば、今まではフェアじゃなかった。ピラミッドの中に、1つの大きな機構の中にいた。そして、勤務条件は法律でこと細かに定められていた。例えば、給与法では、国家公務員の給与表は法律で決められて、何級何号はいくらと細かく書いてある。退職手当も法律で細かく指定されていた。したがって、逆にいえば法律を変えなければ上げることも下げることもできない。さらに国家公務員には労働三権がない。ない代わりに人事院が人事院勧告を出して、それを尊重して国会で法律を改正すると給与が変わったり退職手当が上がったり下がったりする。そういうふうになっていた。

 これが民間と同じように、労働力を売るから給与を払えと大学と契約を結ぶようになる。あとはかなりの部分は労使自治で決められる。つまり法律は最小限のことしか決めない。あとは労働者と使用者が話し合って、休暇や給与を決める。大幅に裁量がある。したがって、組合が強いとOKだけど、弱いとえらいことになるということだ。

 それからもう1つ、意外と大きいと思うが、今まで国家公務員だったので、国の秩序に関することが管理の根拠だった。例えば政治活動を禁止するとかだ。つまり、大学の仕事に関係のないことでも、国の人間の一人としてそんなことしてはいけないと言えた。例えば欠格条項がそうだ。日本国憲法に定める秩序を武力で転覆しようとするものは国立大学の教職員にはなれない。

 しかし、これからは業務上のみが管理の根拠になる。例えば道徳上問題あるような行為をいろいろやった場合に、大学の業務と秩序に関係がなければ大学はそれに文句を言う筋合いではなくなる。したがって、例えば、まじめに考えた場合、政治活動の禁止をやっていいのかという問題が出てくる。これはだめだと思う。大学の業務を妨げるような行為は禁止してもよいと思うが、大学の業務と関係のないところで政治活動をやってはいけないとか、宗教活動をやってはいけないというのはおかしい。こういう理屈になってくる。

労働条件を決めるときの変化

 それでは、労働条件を決めるときの変化はどういうものなのか。

これはいわゆる正規職員と非正規職員とで異なる。これは東北大学の用語で言えば職員、准職員、日々雇用職員といった違いになる。

 まず、正規職員の場合、国家公務員時代は比較的高い水準の労働条件が法律で保障されていた。それは国会で法律を変えないと変わらないものだ。だから、組合で東北大学と交渉しても何にもならない。こういった部分が非常に大きかった。逆に言うと、組合は、民間の組合のような泥臭い仕事ではなく、ついつい社会的政治的課題に熱中しがちだったと私は思っている。

 これがどう変わったのかというと、法律が保障する部分はがたっと切り下がる。それから先は労使で勝手に決めてよいとなる。ただし交渉はできるので、交渉しだいで上がりも下がりもする。

育児休業や特別休暇、退職金などは?

 これはわかりにくいので例を出すと、例えば育児休暇だ。国家公務員の育児休暇は子どもが3歳になるまで取ることができる。民間の場合はついこの間までは1年だった。それが今は改正されようとしているが、国家公務員の方が法律で保障されている期間は長かった。したがって、例えば東北大学では、法人化した後も育児休業は子どもが3歳になるまでとしているが、これは法律で定めた最低限を上回っている。逆に言えば、法律で定められていないので、もっと長くすることも、もっと短くすることもできるわけだ。

 もう少しはっきりしているのは特別休暇だ。公務員時代は法律で保障され、いろんな有給の特別休暇は勤務時間法に定められていた。しかし労働基準法にはこういうのはないので全部交渉しだいだ。力関係で特別休暇が増えもするし減りもする。

 もっとすごいのが退職金だ。国家公務員の退職金は国家公務員退職手当法でこと細かに決められている。しかし民間では、退職金というのは法律で定められた存在ではない。したがって、やろうと思えばなくすこともできる。あんまり労働条件を不利益変更するのは民間でも許されないので、そこまでやる会社は少ないのだが、切り下げるという話はどんどん出てくる恐れがある。もうちょっと気のきいたやり方だと、「みなさん定年まで長く勤める時代ではないので、退職金は廃止して、その分みなさんの給与に上乗せしますよ。もとの仕組みでもいいですが、どっちがいいですか」とやっている会社がある。松下電器だ。こういうことが可能になってくる。これが正規職員の場合だ。

非正規職員は?

 非正規職員はどうなのかというと、ぜんぜん違う。国家公務員はもともと非常勤職員はいらないという前提で制度が作られている。しかし、いないと実際仕事が回らない。その結果何が起こるかというと、めちゃくちゃに悪い労働条件だったわけだ。これは実際にその地位にいた人ならよくわかると思う。しかも交渉の余地がない。

 これが法人化されて、民間の有期雇用職員やパート職員と同じ地位になった。そのために、法律で保障される水準はもっと悪くなった場合と、もっとよくなった部分がある。今までが悪すぎたからだ。

 例えば、東北大学の准職員の場合、以前は日々雇用職員であった者は、3月30日まで雇って31日は雇わない、また4月1日から「たまたまあなたを雇いました」という話にする。こうすると、一日空白があるので、当然、夏のボーナスがガクッと減る。これは民間では明らかに違法だ。したがって、これが改善されて一日の空白は東北大学ではなくなった。今度の夏のボーナスは改善されているはずだ。それと交渉の余地が拡大する。こんな違いが生じる。これは私たちの存在そのものがどう変わったのかという話だ。

対策の方向性

 教員向けの言い方になるが、それではどういう方向で対策を立てればいいのか。今まで国立大学は国の統制プラス教授会・評議会自治だった。したがって、何かあると「自治を守れ」という話をするわけだ。組合でも面倒なので何かあったらとりあえず「自治を守れ」という議題が入っていた方がいいみたいなところがあった。

 しかし、それ一本ではいけない事態が生じてきた。というのは、もう教授会と評議会で全部決められない仕組みになってしまったので、それだけはなんともならない。したがって、今でも教授会が決められることについては「自治を守れ」という言い方になる。また学長選挙について今までのやり方を守れということも言える。それにプラスして、社会に貢献すると同時に私たちが働きやすいような合理的な法人制度に改革するという視点が必要だ。

 いや、法人制度が廃止されるまで断固反対だという組合もあるかと思う。それは止めないが、私は法人制度の合理的改革でいくしかないと思っている。

 3つ目は労使関係を作ることだ。教員はわかると思うが、何かあると、組合に持っていこうというのではなく、教授会で相談してなんとかしようというふうになることが結構あったと思う。つまり、それができたわけだ。ところができない部分がかなり増えたので、正面突破で労働条件のことは組合対大学で決めるしかないというふうになった。おそらく、自治を守る、法人制度を合理的に改革する、労使関係をちゃんと築く、といった三つの観点から攻めないといけないと思っている。

 ここでいったん話を切る。(休憩)

個別の労働条件に関して

参加者の質問に答えて

[超勤手当の考え方]

Q2 超過勤務手当について、法人化後の変更点を教えてほしい。

川端 国家公務員の超過勤務手当は限られた予算の中で支払われるため、リジットである。民営化された場合どうなるかというと、原則として超過勤務をやらせることはできない。1日の労働時間は基本的には8時間だ。それ以上働かせることはできない。しかし、労使協定を過半数代表者と結べば超過勤務を命令しても違法ではない。しかし、これを結んだからといって使用者が自由に超過勤務を命令できるわけではない。刑法上の問題をクリアしているだけだ。だからといって超過勤務命令を断固拒否するのは難しい。日立武蔵野工場の労働者が超過勤務を拒否して懲戒解雇された労働者の裁判があったが労働者側が負けた。

[不払い残業問題への対応]

Q3 不払い残業問題を改善するためにはどうしたらよいか。

川端 不払い残業は罰則付きで禁止されている。不払い残業があった場合どうすればいいかというと、過半数代表者に相談してもいいし、組合に相談してもよいが、直接労働基準監督署に行って、不払い残業させられていると、先週こういうふうに働かせられたといえば、うまくいけば立ち入り調査が入る。この立ち入り調査は厳しい。パソコンの起動時間まで調べて労働者が何時から何時まで職員がいたかをみるそうだ。いま、世の中死に物狂いで働けとなっているが、いくらなんでもサービス残業はまずいというのが厚生労働省の方針で、サービス残業の取り締まりは厳しくやっている。これが仕組みの面だ。

 現実はどうかというと、経済学研究科では会計職大学院を作ったために、ひどい超過勤務がとくに教務係に発生した。改善は、過半数代表者として要求している。

 ではどうするか。いま、事務長、事業場長は超勤削減を本気でやりたいと思っている。具体的な行動として、事実上教務の仕事をする期限付き助手を採用した。それからパートの配置を変えた。そして超過勤務の管理をしっかりやる。つまりちゃんと仕事の計画を立てて、どれくらい超過勤務をしないと仕事がクリアにならないかを明確にして、超過勤務命令をだして、なるべく短くする。業務の効率化を使用者の責任でやってもらう。といったことをやっている。しかし、発生した超過勤務については本部に言ってちゃんとお金を払えと言っている。

 歯止めとして考えているのは、特別条項だが、月45時間までは超勤がありうると経済学研究科の労使協定ではなっている。他でもそうなっていると思う。東北大では。月45時間を超えると完全に違法になる。しかし、特別条項があって、試験の関連で追い込みとか予算の関係で忙しいときは年6回まで60時間にすることができる。もちろん労使協定の上でだ。これを使って、どうしても45時間以上使いたいという場合は私に相談しなさいといっていて、「45時間以上働くのだからちゃんとその分の超過勤務手当は出ますよねと不払いはありませんよね」と言っている。確かに50時間とか働くことになり、後退した言い方となるが、しかし不払い残業を防ぐためにこういう妥協のしかたを考えている。

 このようにそれぞれの状況に応じて、どうやって少しでもましな状態を作り出すのかというのを考えるよりない。大きく妥協するのか、少ししか妥協しないのか、組合と過半数代表と労基署のどれに言うのが一番良いのかを考えていく。しかし肝心なのは、超勤をやっている当の本人がどういう形でどのように改善したいのかという意思をしっかりもつこと。そのかたと一緒に運動する場合はよく話し合ってやることが大事だと思う。ただこの方向が一番正しいかは自信がない。以上が超勤の話だ。

[各種の評価について]

Q4 評価について、大学や教職員に対する評価というのは誰がどのように作ることになるか、公正な評価というのは考えにくいがどうか。

回答 これはどの部分の評価かによってだいぶやり方は違ってくる。

 大学全体が評価される場合と、事実上部局が評価される場合がある。

 文科省に国立大学法人評価委員会というのがある。これは大学の管理のありかたを中心に評価している。

 それから大学評価・学位授与機構というのがあり、2種類の評価を行う。1つは認証評価、もう1つは中期目標・中期計画達成度の評価だ。認証評価は東北大学の場合、平成18年度の予定だったが、いろいろな事情で平成19年度になると言われている。資料作りは18年度になる。認証評価というのは資格だ。運転免許証を持っていてもいい人間なのかどうかをチェックするというものだ。中期目標・中期計画達成度評価は6年間でこれだけのことをやりますといっていたけど本当にやったのかをみるということだ。

 それから、ちょっとはっきりしないが、総務省の独立行政法人全体に対する評価もかかってくる。一番我々が気になる運営費交付金のうち何%が人件費となっているのかを厳しくチェックすることになる。

 こういうふうにおそらく三方向から大学に対する評価があると思う。それぞれの評価の基準とかポイント、観点が問題になる。

 これは、いきなり国立大学法人評価委員会がやってきて大学のいろいろなところをチェックするというのはできっこないので大学自体が自己評価報告書をだして、それを評価またはチェックしてあやしいと思ったら証拠資料を出させるというようなやり方になると思う。特に大学評価・学位授与機構はそうなる。文科省の国立大学法人評価委員会と総務省はわからない。総務省は数字に基づいて一方的に行うのではないかと思う。

 評価の観点やポイントというのは、モデル案がいろいろ出てきて、いま大学で検討している。評価分析室というのが役員会の下にあって、そこの先生や職員が考えている。ただこれは部局代表ではなく、役員会直轄組織の一本釣りで集めた先生たちがやっているので情報が下にうまく伝わってこないという欠点を持っている。これが大学自体に対する評価だ。

 次に、部局に対する評価というのが東北大学ではある。これは報奨もある。中期目標・中期計画達成状況を中心に、研究教育・社会貢献を評価する。これもさっきいった大学評価・学位授与機構の評価と似たような基準を学内で作ってやろうとしている。

 それから、教員個々人に対する評価がある。これを東北大学では大学本部はやらないとなっている。なぜなら専門がそれぞれ違っていて無理だといっている。ただし部局でやれといっていて、やりかたは部局で考えろといっている。これが大学の教員の場合だ。

 職員の場合はどうなるかというと、民間の人事査定と同じようになる。人事査定制度を整備してやる以外にない。公務員用語でいうと勤務評定制度が形骸化しているのをちゃんとした仕組みでやるという以外に考えられない。その結果、透明になるのか、差別やえこひいきといった不透明になるのかどうかは人事査定制度のあり方しだいだ。

 日本の人事査定制度は、不透明性とか政治思想や性による差別を誘発しやすい欠点をかなりもっている。ここを改革するような議論をきっちりやらないと危ない。詳しくは質問があれば説明するが、いまはこれぐらいにする。

[出向]

Q5 出向における労働者の権利について教えてほしい。

川端 (参照「マニュアル」p10)

 職員の人事交流というのが国家公務員時代から行われてきていて、例えば東北大から宮教大に行ったり岩手大から東北大に来たりというのがあったが、この性格ががらりと変わった。国家公務員時代は東北大だろうが宮教大だろうが国が管理しているから、国という大きな組織の中で異動しているに過ぎない。配置を変えているにすぎない。それは命令されると断れない。不服は申し立てられるが、大変困難だ。

 では法人化後はどうなるかというと、東北大と宮教大と岩手大はそれぞれ別の法人になる。たとえていえば別の会社となる。そのため、東北大で雇われている職員を宮教大に移すというのはどういうことなのか、という話になる。そこで、民間企業で行われている出向という形をとる。出向というのは元の雇い主との労働契約を維持したまま、別の法人の作業指揮下で働くということだ。だから、例えば本籍は東北大だが宮教大に出向して、宮教大の指揮命令下で働くことになる。ここまでは自動的に決まっていることだ。

 もうひとつ問題なのは、では文科省からきている部長とかはどうなんだという話だ。これは国家公務員から非国家公務員である国立大学法人に来ているからやっかいになる。同じ出向という言葉を使うが意味は違う。まず国家公務員をやめることになる。そして国立大学法人東北大学に採用してもらう。何年かたつと国立大学法人をやめて、文科省に再び任用されて戻っていく。

 一番いやなのは役員出向制度だ。この仕組みを使って、国家公務員にやがて戻るということがわかっている役員がやってくるというのが一番困る。なぜかというと、これは経済学の簡単な理屈だが、役員がリスクなしで国家公務員に戻れて、職員が解雇の危機にさらされながら働くというのは絶対非効率が生まれる。普通は逆にするべきで役員が重大な意思決定をできて経営を思うままに動かせるかわりに、「失敗したら自分が責任を取りますよ」とするべきだ。職員は基本的に上から言われたとおりに働いているのだから、重大な意思決定に関与できない。そのかわり、会社がうまくいかなくなっても自分たちのせいじゃないから、やたらと業績と報酬を連動させてはいけないというのは当然のことだ。これと逆になっているから危険だ。

 出向の話に戻るが、さっき言ったことは当然、法律から出てくることだが、問題はその先にある。

 まず、出向というのは、自分が雇われたところと違うところで働くわけだから、普通はありえないことで、だから出向は思うままに命令できないというのが労働基準法の原則だった。ある時期までは本人が個々に同意しなければ出向を行わせることはできないというふうに裁判の判決でもなっていた。

 ところがいまは違う。就業規則や労働協約に出向はありうるとあった場合、それを認めて採用されたのだから包括的に出向命令権に同意したことになる。簡単に言えば就業規則や労働協約に書いてあれば使用者は出向を命じられる。というのが判決の主流だ。私が研究している鉄鋼メーカー関連でこの判決がけっこう出ている。

 ただし、この判決にもいろいろ但し書きがある。例えば本人が同意していなくても労働組合が同意しているからとか、例えば新日鉄から日鉄運輸に出向させても労働条件は低下しないことは明らかだとかそういう条件があるから命令してもよいと判決では言っている。

 ここの部分を活用すると、出向するのはちょっと嫌だし、組合はその都度本人の同意がなければだめだといっているが、どうしても出向させたければ手続きをちゃんとしろということになる。いつ戻って来られるのかとか、労働条件が不利益に変わらない、向こうに行っても給料が落ちたりしないということをちゃんと保障しなさい、ということはいえる。実際に言っているのだがうまくいかない。組合が小さいからだ。

 ちなみに東北大から宮教大に出向した場合、給料はどっちが払うのかということは法律では決まっていない。どっちが払っても良い。シェアしても良い。いまのところは出向先、例で言えば宮教大が払うことになる。行った先でもらうことになっている。以上がとりあえずの話で、何かあれば質問で出してほしい。

[研修]

Q6 職員と教特法で保障されていた教員の研修はどうなったか。また、職員は年休をとって研修にいかなければいけないのか。

川端 教員の方は、ばらばらだ。

 教員の研修は、以前は教育公務員特例法というので公務員時代は保障されていた。勤務地を離れた研修とか長期の研修ができたのはこれのおかげだ。事務は嫌がるとは思うが、以前はこういうことがあった。それは授業や会議はない。家で仕事をする、家で研修をすると届出をだして家にいる。ただし研修は仕事だから何か連絡があったら必ず取れるようにしておかなければならない。かかってきたらすぐ出るから、明日は家で研修するというのは法的には可能で、やっていた先生もいる。実際には届出をださないで学校に来ない人もいるが、それが、教育公務員特例法が適用されなくなったために法的な保障はなくなってしまった。就業規則で決める、あるいは労働協約で決めるしかない。東北大学の場合は、就業規則でいままでの教育公務員特例法と同じレベルの研修が保障されている(参照「マニュアル」p9下段)。他の大学も就業規則しだいだ。

 それから職員の研修に関して、病院関係だと思うが、研修は年休と自分のお金で、となっているがなんとかならないかという質問が来ている。それから年休と絡めて年次有給休暇をとって看護師が研修してくるが、余った年休の買取りはできないのか、という質問がある。

 職員の研修については、国家公務員時代は任命権者が実施するということは決まっている。法人化の場合は、法律的には学長が命じてやる。

 問題なのは、「研修とは何か」ということだと思う。中身はよくわからないが、研修は、形式上は仕事だ。研修は仕事に必要だから命令か承認かでいかせる。だから年休をとっていけとは言うなということはできる。ただ、それは仕事か仕事じゃないかで問題はでてくる。「これは仕事上必要だから命令していかせろ」という議論と、「いやそうじゃない」という議論がぶつかったときに解決していくしかない。

それから、年休をお金で買い取ることは、違法なのでできない。これができると、ばんばん年休を買い取って、働かせる雇い主がでてくるのでできない。ただその反対に年休があっても年休をとれず、ばんばん働かせるという矛盾がある。

 

[年休]

Q7 年次有給休暇について、法人化によって何が変わったか。

川端 年次有給休暇について、公務員時代は採用からどれくらいたっているかにもよるが、一定期間たつと、20日間の年次有給休暇がある。これは1月1日が切れ目になっていて、使い残した場合、20日間までは翌年に繰り越すことができる。国家公務員時代は一日単位、半日単位、時間単位で取得できることが法的に保障されていた。ところが法人化後は労働基準法なのでちょっと違うところがある。

 まず、労働基準法の場合は、最低基準ががたっと下がる。国家公務員時代より法的に保障される部分はがたっと下がる。しかし、東北大学もそうだが、おそらく以前と同じ日数を多くの大学は維持している。ただ、これは法的権利ではなく就業規則で決まっていることだから注意が必要だ。

 それから一日単位、半日単位はいいが、時間単位は労働基準法違反だとみなされる場合がある。その地域の労働基準監督官によって解釈が違うのでやっかいだが、そういう場合がある。なぜかというと、一日丸まる休むようにしないと、ちゃんと休めない、というのが法律の趣旨だからだ。ところが実際には、事務職員に聞いてみると、やはり病院に行ってから来るとか、看護関係でどうしても遅れてくるとか、そういう場合に使いたいというのがあって、時間単位はあった方が労働者のためになるという意見がかなり出た。東北大学は過半数代表者と組合とで訴えて、その結果、法人化の二日前か三日前にぎりぎりになって時間単位は慣行として維持するという約束になった。

 これが年休の仕組みだ。年次有給休暇の使用が多い職場は暇な職場と当局から見られるという意見がでているが、そういったことはあると思う。しかし、有給休暇はとって当然だという雰囲気をみんなで作っていくしかない。組合が大きくなって、そういう雰囲気を作っていくしかない。と同時に、みんながちゃんと年休をとるんだと、ちゃんととるということは職場の人数はこれくらいになる、それでも仕事が回るように考えるのが事務長の責任だというような前向きの話をするなり促すなりしなければならない。そんなこといったって仕事は回らないと思っている管理職はかなりいる。確かにどんなに頑張っても仕事が回らない場合もあるが、いままでそういうことを計画的に考えてこなかったことが多かったのでそれをやらせることが大事だ。

 それから、次世代育成支援対策推進法に基づく事業主行動計画については後で議論をすることになると思う。これの達成度のチェックについては、まず、罰則はたぶんない。罰則付きでやられているものではない。これのチェックの仕組みはわからない。放っておくとどんどん形骸化していくことは確かだと思う。こういうことは、なんとかうまいこと大学の意思決定に影響を与えて、やらざるを得ない仕組みにすることが大事だ。どんなに説教しても人は動かない。こういうふうにやると得で、やらないと丸損になるという仕組みを作るしかない。北ヨーロッパのある国では、男性向けの育児休暇だが、取るとすごく得だが、取らないと丸損になるという制度になっている。そうすると、その人の思想がどうあれ、取得する。こういうふうにしないと人は動かないと思う。

[改正高年齢者雇用安定法に関して]

Q8:次年度に向けて、定年の引き上げの話があるようですが、これは何でしょうか。

川端:まず、国家公務員時代と法律はどう違うのか。国家公務員では定年は60歳になる。ただこれをある程度引き伸ばすことが大学の教官は可能になっていたので、東北大学の場合は教官63歳、職員60歳という定年に国家公務員時代はなっていた。いまも就業規則ではそのようになっている。ただ、法科大学院の教員で裁判所の判事を引退してからその人を法科大学院の教員として呼びたいとすると、65歳を超えている場合がある。その場合は個別に例外規定を設けている。

 これからの問題は、高年齢者雇用安定法が改正されたことだ。今までどういう法律だったかというと、まず60歳以下の定年は法律で禁止されている。次に、65歳まで雇用するようにという努力義務があるが、努力義務のため、守る会社は少ない。そこでもう少し厳しくなって、次の3つのうちどれか1つはやってほしいというふうになった。

 第一、定年を引き上げる。つまり、65歳以上に定年を引き上げるというオブションをやる。

 第二、継続雇用制度を導入する。つまり、希望者全員について、いったん定年になった後、もう1回雇い直して65歳までは雇うという制度を導入しなさいということだ。ただし労使協定で基準を定めた場合は希望者全員を対象にしない制度も可能だということが書いてあって、これはちょっといやな部分だ。

 第三、定年制度をなくす。年齢に関係なくやるということだ。  これらのうちどれかをやってくださいとなって、これをいつまでにやらなければならないかというと、例の年金が65歳にならないともらえなくなるという話があって、それとの関係でこういう話が出ている。その年金の制度改正にあわせて2013年度までには必ず実施しなければならない。2006年は義務年齢62歳、次第に63、64となって、2013年度には65歳まで雇われるように3つのうちどれかを必ずやれということだ。

 東北大学では、これを守るということで、人事戦略企画会議というところが検討していて、教員は65歳定年にするとして、職員は再雇用システムを使って65歳まで雇うという方法がでてくると思う。それは職員に対する差別じゃないかという議論は出てくると思う。

 なお、これについて年齢差別を禁止して定年なんかなくせという議論が一部労働組合からでていると思うが、その議論はうかつにはしない方がいい。そうすると年功賃金は絶対維持できない。年をとっても賃金は下がらないで、年齢差別が完全に禁止されたら企業はパンクする。そうすると絶対年功賃金は徹底的にやめるという議論に必ずなる。そうなってもいいならそう主張してもいい。そうなるのはいやだが、年齢差別反対だけ主張するとえらいことになる。

[非正規職員の雇用と労働条件]

Q9:法人化後の非正規職員の労働条件をどのようにして改善していったらよいか。

川端:これは東北大学の場合、旧日々雇用職員、旧時間雇用職員だ。東北大学では日々雇用職員は准職員というふうに変わった。国家公務員時代は1980年7月以前から雇われている日々雇用職員という方がいっぱいいて、定員内職員と同等の仕事をしている定員外職員だった。3月31日に雇い止めして、4月1日からまた任用しますという繰り返しをやっていた異常な任用形態だった。昇給手当、退職金がみんな悪いという状態だった。

 これが法人化されて労働基準法とパート労働法が適用になった。そうすると良くなる面がでてくる。

 例えば、一日の空白は労基法違反だということでなくさないといけない。なくなっていない大学があれば、即刻止めさせたほうがいいし、訴えれば勝てる。

 東北大学ではどうなっているかというと、4月1日から3月31日までの1年の有期雇用になっている。1年有期雇用なので契約を更新すればもう1回雇われる。この更新は3年限度、特殊な場合は5年限度、ただし1980年7月以前の採用者で長期に勤めている方は例外として更新限度はつけないというふうにさせた。これは組合がしつこく言ってようやくさせた。

 給料や退職金の算定基準はちょっといじってあるように見えるが、だいたいもとのままだ。だから悪い。夏のボーナスだけは改善するはずだ。該当している人は今年チェックしてほしい。何かおかしいところがあればすぐ組合に通報してほしい。

 これに関して、東北大学の組合ではこのように考えている。

 まず1980年7月以前の時間雇用職員については正社員と同じ仕事をやっているのだから、同じように待遇しなければだめだ、正職員にせよというふうにいっている。ただ、非正規職員を正規職員に切り替えるということは、今もっともマスコミがバッシングしていることなので、よっぽどうまくやらないと厳しい。よっぽどうまくやるというのは、同じ仕事をしているということが誰の目にも明らかになるように示して、そりゃいくらなんでも正規職員にして当然だよなという雰囲気にもっていくことだが、結構大変だと思う。かりにそれができない場合、今の組合の力では困難だが、せめてどうするのかというと、以下の点を正職員と同等とせよと、まず手当、休暇を正職員と同じにしろ、それから日給・月給制は何の合理性もないので月給制に変えろとした。日給・月給制は休みが増えると給料がその分減る。日給を1ヶ月分まとめて渡しているだけだからだ。だから、月給制にすれば、法定外の休日が増えても給料は減らない。それから有給の夏休みを付与せよと、准職員にだけ夏休みを与えない理由があるのか説明してみろといえる。暑いから3日ぐらい休んでもいいとするなら、正職員と准職員はどこが違うのかと言える。これは理屈のうえでは勝てるが、後は力関係だ。

 パート職員はどうかというのが次の問題だ。ちなみに准職員が闘いやすいのは、フルタイムだということだ。国家公務員法の用語では非常勤職員と言うが、実態は非常勤ではなく、フルタイムだ。フルタイムで働いているのにこんな格差は許されるのかということはいままでよりはるかに言いやすくなる。

[パート職員の待遇改善]

Q10:パート職員の待遇改善をどうすすめたらよいか。

川端:パート職員についてはいくつかの改善を求めている。有給の夏季休暇の付与、ボーナス、退職金を支給する、有給の忌引き休暇を保障する、これは日本的だが、人道に訴える。いまどき葬式のときに有給休暇がでないなんて非人間的だという日本的訴えをしている。以上が准職員、パート職員に関する話だ。

 パート職員も1年契約、3年限度で、准職員と同じだが、これを突破することは難しい。とりあえずの方法としては、何年か更新をすると、有期契約ではあるが繰り返し更新することで事実上三年ぐらい雇ったとして、今度の3月31日であなた今日でおしまいねとすると、繰り返し更新した人にそれを言う場合は期間の定めのない職員をクビにするのと同じようなものだというふうに裁判所は解釈する。したがって、普通の正規職員をくびにするのと同じぐらいの理由がないとだめというふうに解釈される場合がある。ここをうまく活用して長く働いている人は雇い止めを絶対させないというふうにするのが第一段階だと思う。

 それから看護師の場合だが、最初准職員で看護師になって、それから正規職員に転換するという場合、これについて転換されないことはありうるのかということだが、ちょっとよくわからないし、なぜこのような制度になっているのかもわからない。ただ大学の方針としては転換しないことはいまのところないとは思うがなんともいえない。

[過半数代表者]

Q11:労使関係について、交渉権は組合にあるのか過半数代表者にあるのか。

川端:法人化後、労働条件についての交渉については過半数代表者が行うと思っている職員が少なくない。交渉権は組合と過半数代表員と双方にあるのかどうかというのが一点目だ。たしかに厄介な問題があるが、まず組合には団体交渉権がある。極論をいえばどんなに組合員が少なくても権利はある。例えば東北大学職員組合が頼りにならないから自分で宮城一般の組合に入るというひとが一人いたと仮定して、その人が自分の処遇について東北大学に団体交渉を求めると、拒否できない。団体交渉しなければならない。そのため大学はこれをすごくいやがっている。当然面倒くさいからだ。従業員は少しずつ別々の組合に入って、そのすべてが団体交渉を求めてきたらすべてに応じなければならない。会社の組合が当てにならないから一般組合に入るというのが増えた。一般組合は会社の利害に縛られないので自由だ。いま管理職ユニオンも活躍している。その結果こういう状況が起こっている。ただあまりにも面倒くさいというので、その交渉権をなんとか制限しようという議論を財界がしてくる危険性がある。しかしともあれ、組合が組合である限り組合に団体交渉権があるので交渉しろといったら拒否することはできない。なんだかんだといって拒否した場合は労働委員会というところにいってこれは不当な労働行為だと申し立てることはできる。そうすると大体はあっせんになる。法律でこういうことになっているのだから応じろと当局にいってくれる。もう少し深刻な事態で労働委員会がまじめだと、もっと強く命令してくれることがある。しかしなかなかうまくいかないこともある。

 過半数代表者というのは何かというと、これは限られた権限しか持っていない。ただ一部分については強いものもある。具体的にはどういうことかというと、過半数代表者はまず過半数組合がない場合の事業場でなんらかの形で選ばなければならない。そして、まず就業規則を作ったり変えたりするときに、使用者は事業場ごとに過半数代表者の意見を聴取しなければならない。私のホームページを見ていただければわかると思うが意見書を載せている。ただこれは意見を聞かなければならないというだけなので、それに従う義務はない。ただ、まじめに聞かなければならないという義務はある。だからスケジュールを見てあまりに不真面目だとなれば労基署はこれを指導してくれる場合もあるが少ない。聞かないといけないというだけだ。そのため組合に比べると権限は弱い。

 労使協定ついては微妙だ。例えば残業をさせたいという場合は労働基準法36条に基づいて労使協定を結ばないで残業命令を出すと違法になる。だからどこの事業場でも36協定を結んでいるはずだ。他にも労使協定がある。今いったように労使協定というのは、本来労基法上やってはいけないのだが、絶対やってはいけないというほどでもないことだからある。労使協定を結んでいるなら、それをやってもただちに刑事責任を問われることはなくなるという意味だ。例えば極端な例でいえば給与の口座振込みは労使協定がいる。なぜかというと、昔はいまとは違うタイプの悪い資本家がいっぱいいた。給与を現金で渡さない。自分の会社の物品で払う。そういうのがごろごろいた。したがって給与は現金で全額払えというのが労働基準法の原則だ。したがって、銀行に振り込むというのはその例外だと、だから労使協定は必要だというふうになっている。いまどきそこまでする必要があるのかという問題があって、このように古くなった法律は変えないといけないという議論が出ている。

 他にもある。裁量労働制を入れる場合や変形労働時間制を入れる場合に必要になってくる。この労使協定は過半数代表者と事業場の代表者で合意をして書面で取り交わさないといけない。だからこれにかんしては過半数代表者の権利は比較的強い。つまり、サインしないということもできる。実際にはその背後にある力関係が状況を反映するので、そうはいってもサインせざるをえない雰囲気が存在するであろうこともある。頑張ればサインしないこともできる。例えば計画年休に関して東北大では頑張っている。年休というのは本来、労働者がすきなときに自由に取るものだが、1980年代にはバブルで会社は儲かっているが、みんな忙しかった。ぜんぜん年休をとれない。そのため、これではいけないということで計画年休という制度ができた。あらかじめ労使で協定して何月何日から全員一斉に年休を取りましょうというふうにする。例えば5日間年休をとりましょうとなったらみんなその日は休んで、その分は年休が減る。ただその期間休んでも誰も文句を言わない。つまり自分だけ年休は取れない、休んだら同僚に迷惑がかかるし周りから白い目で見られるということが場合によってはありうるのでこういう制度を導入した。これをやるときは労使協定がいる。問題は20日間年休がある人はいいが、年休が少ない人、入ったばかりのパート職員などは困る。年休10日間しかない人が例えば計画年休で5日使うと残り5日間になる。さきほどいったようにパート職員には忌引き休暇とか病気休暇はないので、とても困るというのがあって計画年休の導入を拒否した過半数代表者も東北大ではかなりいる。経済ではこれに取り組んで3日間だけ導入した。詳しくは質問があればする。

 だから、労使協定に関してはそれなりに過半素代表者も力は強いが、全体としては組合が交渉しないとなんともならない。特に就業規則について意見を言うだけだから、労使協定に引っかかってこないようなことでは強力に交渉することは過半数代表者にはできない。だからそれは組合がやらないといけない。ただ、国立大学法人は役所ではなくなったといっても役所みたいなものなので、全員からきちんと選ばれましたといわれると弱い。組合は怪しいやつらと思われているかもしれないが、過半数代表者は事業場で使用者のほうから呼びかけて選挙をしてもらった、そういう人たちの意見は聞かなければならないという役所的雰囲気がある。したがってそういう空気を利用して過半数代表者が集まっている全学労使懇談会などでがんばって、ここを変えていただきたいということはもちろん有効だ。だから組合としては過半数代表者に組合員がいっぱい入っていて、できるだけ組合が過半数代表者をサポートして、過半数代表者の懇談会と組合の団体交渉との二本攻めでいくということは有効だし、さっきいった年休を時間単位で取得できるとか、あるいは休憩時間以外の休息時間をいれて、事実上昼休みを45分になりそうだったのを1時間にするということはこの作戦でなんとか実現した。つまり、使い分けは可能だが、強い交渉権は組合がなければできない。質問の点に関しては以上だ。


あと数ヶ月で何が起こるか

 人事院勧告が8月にでる。それによって国家公務員の給与は大きく変えられようとしている。法的にはそれは私たちには関係がない話だが、連動させられる危険性がある。その危険性は二段階にわたって存在する。

 第一段階は、人事院勧告で給与が下がる。特に東北と北海道に住んでいると下げられる。その下げたのに連動して運営費交付金も下げてしまえというふうに政府がでてくる可能性がある。これは法人化の時の約束に違反することになるのだが、政府がでてくるかもしれない。これをやられるとかなり苦しい。いくら大学を攻めても、ない袖は振れませんとなる。

 次に第二段階。仮に運営費交付金が削られようが削られまいが、各大学法人が人事院勧告に追随して横並びで給与を引き下げる、寒冷地手当と同じように減らす、という危険性がある。

 なぜいまこういうことになっているのかというと、公務員批判キャンペーンが行われている。大阪市はそのきっかけになってしまったが、以前大阪市立大学に勤めていた私が思うに、教員は背広はもらっていなかったが、おかしいと思うこともあった。しかし、おかしいと思っても、互助組合の会議というものに一般の組合員が参加するルートは全くなかった。

 公務員批判が適切か、そうでないかは問題によるが、給与に関係するところでは、いままで人事院勧告で、公務員の給与は官民格差を考慮して民間より高すぎず低すぎないようにするべきだ、ということが言われた。全国平均で見ると民間と国家公務員は同じくらいで、これが丁度いい。しかし地域別に見ると違うという議論を去年の人事院勧告はした。当然経済開発が遅れている東北、北海道は国家公務員の給与は高い。これがけしからんというふうになった。4.77%国家公務員のほうが民間より給与が高いという計算がでてくる。

 もっと恐ろしいことは、この比率は従業員100名以上の事業所、50名以上の事業所の正社員とだけ比べている。財界はこれもけしからんとして、パート職員、中小企業も全部含めて計算しろと、そうするともっと比率が上がるはずだからもっと給与を下げられるという話もしている。

 それで、どういう案をだしてきているのかというと、「給与構造の基本的見直しについて(措置案)(公務労協サイト)」というのを人事院が国交労連や公労協に出している。ポイントだけいうと、行政職俸給表(一)について俸給水準を5%引き下げ、他の俸給表についても似たようなものにする。ただし4級以上を大きく引き下げ、下級は引き下げ幅を小さくする。つまり、新採用の人などは下げない。年齢が高い人を下げる。そうすると年齢と賃金のカーブが緩やかになる。平均すると5%下げる。それから調整手当を廃止し、地域手当を新設する。いまでも例えば仙台市だと3%、地域によっては10%調整手当がつく。この調整手当を廃止して、地域手当を作る。次がすごい。東京都の現行給与水準を維持できる水準を上限に0、3、6、10、12、15、18%の7段階とする。給与自体はみんな下げる。ただしその上に上積みする地域手当がある。東京23区は18%上積みして今と変わらないが、他は上積みする分が少ないので結果的に今より下がる。仙台市ではどうか、盛岡だったらどうなるのかという問題が出てくる(→8/15勧告では地域手当は東北地方は仙台6%、名取・多賀城3%のみ)。

 さらに号棒を4分割し、特別昇給と普通昇給を一本化する。その上で勤務成績に応じて給与を支払う。今は級の中に号があって号は55歳になるまでは毎年1号棒ずつ上がっている。よほどのことがない限り。で、その号をより細かくする。より細かくして昇給を一つにする。つまり、これまでの1号昇給に相当するのが4号昇給で、4号が普通なのだけれども人によって6号あがることもあれば、3号しかあがらないこともある。どれぐらい上がるかはちゃんと勤務評定をやって決めますよというふうにいっている。

 次に、勤勉手当の標準の成績率の引き下げ、それを原資に「特に優秀」、「優秀」の分布率を拡大する。これはちょっとわかりにくいんだが、たぶんこういうことだと思う。勤勉手当には「特に優秀」、「優秀」、「標準」、「すこし悪い」というのがあって、標準の人をちょっと下げる。そうすると原資がいくらか浮くので、それを使って「特に優秀」、「優秀」につけられる人の数を増やすという意味だと思う。

 次に、暫定昇格基準の設定、新評価制度の検討だ。これまた曖昧だが、昇格基準を決めて本当に能力がある人だけ昇格させたいのだが、まだその基準ができていないから暫定的にお茶を濁そうかというものだ。やがてもっと整った評価基準を出して、本当にできる人でなければ昇格させないよ、という建前だ。

 次に、専門スタッフ職俸給表の新設の検討だ。これはいいことがあるかなと思う。つまり技術を持つ職員を雇ったんだから高く評価しろと我々言ってきたが、大学でそういうふうに使えるか使えないかはわからない。

 次に、本府省手当の新設。本省で働いている人は大変なので、係長補佐までは新しい手当を作りましょうというものです。これはみなさんけしからんと思うかもしれません。私も思いました。ただ、これには裏があって、本省の係長補佐は先ほど述べたように超過勤務を200時間とかやる。これがまともに払われない。たぶん本省手当はこの代わりだと思う。超過勤務手当はまともに払いたくない。しかしあまりにも大変そうなので何か出してやろうかなということだと思う。本末転倒だ。  これが8月の人事院勧告でこの通り出るだろう。ひょっとするともっと悪いのが出るかもしれない。

給与構造見直しをどのように評価するか

 給与法の改正案は10月には作成される。仮にこれを国立大学法人がまねをしたい場合はこれに合わせて過半数代表者や組合に提案する。がしかし、こんな露骨なものを例えば東北大学で提案したとして東北大学は東大より給与下がりますからというのをどういう顔をして提案するのかはわからない。みなさん腹が立ってきたと思うが、世の中やっぱり公務員の給与は高すぎるという議論の嵐になっている。そういうことを考えて、冷静にこの話をどのように評価するかが大事だ。それで、どこまで知恵を絞ったのかというのを口頭で説明する。

「年功賃金はだめ」という議論の背景

 今、民間企業でもいっているが、年功賃金はだめだということを言っている。こういう議論の背景として何があるかというと、一つは民間でどんどん給与を引き下げる。いろんな分野で国際競争が激しくなってきて、なんとしてもコストを節約したいというのがある。この前出た学会の大会での議論でも、日本でモノを作っていられない、海外にでていって海外で売る場合は海外の市場に近い場所で作りたいというのと、コストが安いところで作りたいということがあるが、これがすごい動きになっている。そうすると日本の会社としてはアジアや中国の製造業が日本に追いついてくるとなかなか大変になる。そのときの選択肢は三つある。一つ、給与が高くても成り立つような新産業を立ち上げる。二つ、給与を下げて合理化する。三つ、利益率が低くてもなりたつみんなが納得するような社会にする。モデルとしては西ヨーロッパ先進国には三つ目の側面がある。しかし二つ目の給与を下げるという選択肢を選ぶ企業が多い。それが一つの問題。

 それから年功賃金はだめだと、それから生計費を払うのもだめだ、さらには能力に応じて払うのもだめだという一歩踏み込んだ議論もある。これは質問があれば答えるが、実は民間企業のほとんどは能力給になっている。しかし、能力をうまくはかれない。そのため女性と会社に批判的な思想の持主を差別して、あとはすべて年功で処遇するという会社が多い。そうすると結局人件費が上昇してしまうので、会社から見ても能力主義もだめだとなる。したがって仕事に応じて払うという考えがでてくる。誰がやっていようと仕事に応じて払う。もうひとつは成績に応じて払う。成果主義賃金だ。これが民間でやったりやっていなかったりしている。だから、公務員の職務職責に応じて払うというのは仕事に応じて払うということになる。ところが、法人化前後で散々働いて、何の落ち度もないのにいきなり5%下げるとは何事かということや、サービス残業をこんなに払っていないのに、職務職責に応じていきなり下げるとはなんだといった理屈は成り立つ。

職務職責と地域格差

 次に、職務職責に応じるとしておきながら地域格差を設けるとは何だというのがある。しかし、東京は物価が高くて生活するのに費用がかかる。だから賃金に上澄みをつけて払うのは当然だという議論が出てくる。しかし、人事院はうかつなことを言っている。地域手当について、民間賃金の高い地域に勤務する職員に対して地域手当を支給するといっている。つまり、物価が高くて大変だといわずに、民間の賃金が高い地域では地域手当を支給する。民間の賃金が低い地域では地域手当は支給しないといっていて、地域ごとの官民格差をなくすことが目的であって、生計費をちゃんと計算して東京は生活が大変だから上澄みをつけるといっているのではない。つまり、地域ごとで民間に賃金格差があることは正しいことだといっているのと同じだ。一部の東京都民はこれでいいというかもしれないが、東北・北海道に住んでいる人全員で反対することができる。地域格差が広がって、地域は大変なことになっているのに、地域格差があって当然とは何事だと言える。また、どうしても東京の物価が高いというなら、こちらの地域手当を削減するのではなく、東京の調整手当を引き上げればいい。しかし、人事院はこれでもいいほうだと言うと思う。なぜなら財界はパート・アルバイトも含めた平均賃金で比較しろといっていて、そうすると公務員の給与はもっと高いことになる。

どう反論するか

 これにたいして我々がどういうふうに反論するか。我々は大企業なのだから高くて当然だというのはひんしゅくを買うことになる。事業場の規模別の賃金格差とか正社員とパート・アルバイトの賃金格差を我々がどうみるのかが問われる。例えば民間企業ではパート労働者を労働組合で組織してこなかった。むしろ正社員を守るために排除してきた。しかし我々が有利なのは雇用形態を問わず組織しているため、こういう問題にまじめに取り組める基盤はある。実際にどう理論化すればよいかは今考えているところだ。ただ、大企業と中小企業の賃金格差や正社員とパート・アルバイトの賃金格差を正しいものとしてそれと比べろという議論はおかしいということはできる。

 やっかいなのは、経済が成長しなくなると、年功賃金はやっていられなくなるということだ。上に行くと給与が高くなり、同じ時期に入った人をどんどん引き上げていくと、当然賃金コストが上がってくる。これをくい止めるために、企業が拡大していけば底辺も拡大するわけで、平均賃金も上がらないというふうになる。石油ショック以後はどうしたかというと、女性は結婚したら強制的にやめさせる。これはある時期から違法と断じられたので、やめるように圧力をかける。それから管理職になるところである程度選別する。しかしそれでもかなりきつい。年功制をやめたいという企業は多い。それにあわせて公務員も変えていかなければならないという議論になる。ただ、公務員は一応職務給で、級は何の仕事をやっているかできまる。号は年功で55歳まで上がる。これを私たちにとって有利なようにどう活用するのかが研究のしどころとなる。

 これからの組合の方向性だが、組合は金がかかっている。正義の味方で正しいことを言ったが負けました、ただ正義の味方だから組合費は払ってくださいというのはたぶんだめだ。100%勝てなくても1万円でも2万円でも取ってくることが必要になる。したがって、あまり美しくない、醜いというか泥臭い運動が必要になる。

 それから対案のポイントをよく考えることが大事だ。国公労連のホームページを見ると、一人の賃下げも許さないと書いてある。それでもいいんだが、民間からはひんしゅくを買う。東北・北海道の公務員でない民間の人たちを味方につけるような運動をしなければならない。それから大学がどうなっているのかはあまり知られていない。何が起こりそうなのかを早く組合で学習して教職員に知らせる。それから公務員全体の給与を減らされないように国公労連と協力することは必要だが、万が一引き下げられても大学の運営費交付金は減らされないようにする対政府運動は必要になる。これは労使協力でできる。

 組合の立場から見れば今年の8月は休みではない。9月に動き出すので、8月のうちに最低限人事勧告を見て、政策作りや大学への要求提出とか一緒に政府に働きかけようとかいったものを作っておくことが必要になる。  それから全大教はベーシックな要求はよくやっていると思う。しかし、出している加盟金に見合っているかというと見合っていないと考える。何が足りないかというと、具体的な状況に応じて、むこうからこういうことが出された場合にどういう対応をとればいいのか、裏の対策はないのか、ビラは誰にどのように配ればいいのかといったことのアドバイスを連合体はやらなければならない。そういうのがなかったので法人化のときは本当に苦しかった。そういう支援はやってほしいと思う。なぜなら次の日に組合に帰ってすぐ使えるからだ。全大教に欠けているのはこうした即使える提案だ。

質疑応答

Q さまざまな要求を実現するには政治に結びついた活動が必要だと思うが、組合はこれからどういった政治活動を行っていけばいいか。

川端 まず、共産党は賛同してくれる。社民党は昔は組合に依拠していたがいまはわからない。民主党はなんでもありなので、個別に味方になってくれる人を探す。公明党はわからない。自民党は個別に探す必要がある。そのときにロジックが大事になる。私たちの暮らしを守ってとだけ言った場合、共産党以外は賛同してくれかもしれない。自分たちのことだけいうのではなく、このままでは東北・北海道地域の経済がひどくなって、ますます東京一極集中になってしまうと言うことをきちんと示せば、自民党の人も賛成してくれるかもしれない。通りやすい理屈と通りにくい理屈がある。そこをうまくやっていくしかない。

Q 地域の格差問題で、公務員と民間との格差が話題になっているが、大学と民間との格差はどうなっているのか

川端 そうした場合、どっちの結果が出るか(大学が高いか民間が高いか)わからないため、計算する必要がある。大学は民間より安いのか、公務員より安いのかどちらなのかわからない。重要な問題なので計算してみたい。

Q 国家公務員の組合から民間の組合に変わった。そこで、組合が勝ち取った条件は組合に入らなければその条件はもらえないというような活動が必要になる。そういった流れはどうやって作ればいいのか

川端 それは労働協約の問題だ。労働協約が締結されればそれは組合員だけに適用される。例えば組合員の出向に関して本人の同意がなければ出向できないようにするといったことが考えられる。ただ組合が非常に大きくないときびしい。


分科会

「就業規則」分科会

・法人化になって変わったのは勤務時間だと思う。実質7時間30で、17時に帰れてのが、17時15分までになった。他の大学はどうなったのか。宮城教育大学の場合は就業規則に休息時間15分と書いてある。東北大学は実質1時間休めると聞いている。どういうふうになっているのか?

・原則として勤務を命じない時間として15分設けられている。具体的な時間は事業場がそれぞれ決める。パート職員は保証されていない。

・岩手大学では実質的には1時間取れている。しかし、例えば図書館員は2交代制で、遅番の人は21時45分までとなっているが、実際には見回りや点検をすると、22時を超えてしまう。また、昼出勤で22時半まで働いて、翌日8時半から働くといったような厳しい勤務実態がある。

・宮城教育大学では深夜まで職員が残っていることはなく、アルバイトに任せている。

・岩手大学は必ず一人は残るようになっている。

・福島大学では5時以降はアルバイトに任せることにした。しかし、実際には7時半まで職員がついてみている。そのうち任せるようにしている。ついている職員には残業代は支給される。

・休憩がとりにくい。昼に休憩するのはいいが、16時ぐらいに休憩していると、サボっているようにしか見えない。あんた何してんのといわれると、つい働いてしまう。いろんな時間帯で働く人が増えてくるとなれてくるのかなと思う。

・東北大学では例えば経済では12時45分から13時45分までが昼休みになっているけど、本部では12時から13時というように、ずれている。休んでいるきがしない。ずらした理由は窓口対応があるところとないところがあるから。

各大学の就業規則の変更について

・岩手大学は計画年休、一斉に休めるのがうれしいという声が大半だった。寒冷地手当の削減は飲まざるを得なかった。就業規則に人事院勧告をそのまま準拠しない旨を入れた。それぐらいで、就業規則に大きな変更はあまりなかった。他の大学はどうだったのかを聞きたい。

・東北大学では労働時間を実態に合わせて各事業場で決めた。一部年俸制が導入された。教務職員はなくなった。教務職員問題は論争になった。

・寒冷地手当は減額と分割支給。議論は不払い残業問題でされた。

・うちの大学では寒冷地手当の余剰分はどこに払われるのかを考えましょうということで削減を飲んだ。事務長が分割して払わせてくれと謝った。

・宮城教育大学は減額はなかった。分割支給だったが、減額はなかった。

・山形大学の鶴岡地区ではゼロ支給になった。すごくもめた。結局就業規則の変更が9月に延長になった。昨年は従来どおりでた。

・変更のあるなしは取り組みの早さかと思っていて、うち(岩手大学)は、大学からそういうのがでてから対応したからだめだった。むこうはこうなりましたからというような言い方をする。いまだに雇用者側も使用者側も公務員意識が強い。人事院勧告でマイナス勧告になった場合にちゃんと対応しなければまずいと最近やっとそうなった。

・人事院勧告に連動すると書いてあるのは岩手大学だけか?

・そんなことはない。青年の家の就業規則も当面の間、順ずるとなっている。それが残っていると、次の人事院勧告が出たときに順ずることになってしまう。

・人事院勧告がでるまえに先手を打たないと言われたとおりになってしまう。相手は説明する義務もないと思っている。

夏季休暇、計画年休等について

・うちの大学は他の大学のことを調べてから決めるといってゼロ回答だった。実は去年から3日とってもいいとなっていることを聞いて、驚いた。

・岩手大学では計画年休をとった。ただ、非常勤の方はただでさえ少ない休暇をそのときに勝手にとられてしまうので、金曜日もあわせて三日ほしいといった。計画年休の目的は2つあって、一つは年休をある程度消化しないと怒られる。年休取りましたといった実績がほしい。それから光熱水量の節約がある。

・うちの大学は学部で総額でどっときてた。今年から学科ごとになった。

・予算配分はどう変わるのか。

・24時間実験しないといけないようなところは予算が入ることになるのではないか。

超過勤務手当について

・福島大学は事前協議という形。16時半か17時くらいに課長のところにいって、残業したいといわなければならない。残業する理由も詳しく書く必要がある。明日に回しても支障がない仕事は明日やれといわれる。

・残業自体は減っているか?

・申請しているのは減っているが、実際はわからない。

・東北大学は課長に申請して、残業が認められるという形。事業場にばらばら。

・農学部は事前申請しないと厳しい。チェックが厳しい。超過勤務をだしにくい。いくらやっても自分でどのくらいやったと申請している。技官のチェックが難しい。

・宮城教育大学は出勤簿を廃止した。何時にパソコンをつけて、消したのか、本部はわかる。サイボウズを入れている。図書館は事前申請はない。フロッピーにエクセルファイルで何時から何時まで働いたと書いて、課長に渡す。17時半からしか超勤がつかなくなった。自分のパソコンではないパソコンで仕事をすると、本部は自分の超過勤務を把握できないのかもしれない。

・岩手大学は、去年の秋ごろに、全員の超過勤務がどのぐらいなのかを調べる時期があった。それまでばら撒きだった超過勤務手当をそれにあわせて払うようになった。また、教員に裁量労働制を適用するようになり、出勤簿がなくなった。ただ、朝何時にきて、夜何時に帰ったかを正直に記入してくださいということを言われている。

・超過勤務手当は17時30分からしかつかなくて、17時15分から30まで休息時間となっているけど、実際は働いている。4日で1時間になる。

・その時間は本当は机を離れるべきだと思う。

・本当は17時15分に帰ることになっていても、18時ごろまでいることが常態化している。

・うちの大学では勤続20年以上の人を対象に、退職まえの3月に、連続して5日間休める制度が合意された。

・でもそれは現場が困る。3月は一番忙しい時期。制度化するなら前倒しして、夏ごろ休めるようにしたほうがいい。

・それから、退職後も保健管理センター、図書館、体育館を使えるようになった。

非常勤職員について

・私のところは、日々雇用職員がすべて定員化された。

・そういうことをすれば組合員も増えると思う。

・他の大学も日々雇用職員は残っているのか?

・秋田大学では福島大学の例を出して、交渉したけど、予算がないということで定員化はできなかった。

・山形大学では交渉中。

・パート職員や非常勤は埋め合わせに利用されているように思う。

・宮城教育大学は日々雇用職員は一人だけになった。その人は、法人化のとき定年だったが、誰もなにも言わないから次の年も働いている。ほかの非常勤はみなパート職員で3年で契約が切れる。宮城教育大の図書館で3年勤めて、次に東北大の図書館に勤めた人もいる。そのひとは、東北大に勤めるときに、3年契約が終わった後は二度と東北大学で勤務しませんという誓約書を書かせられた。

最後に

・岩手大学はあと3年で10人女性の教員を増やさなければならない。でも達成できるとは思えない。職員は女性が多いが、教員は少ない。去年、いられる環境じゃないといって一人やめた。もう少しケアすればよかったと思う。

・事前に情報を集めれば、すぐに対応できると思う。

全体会でのまとめ

・今日みなさんの報告を聞いて、みなさんの関心が同じだと思った。しかし、各大学の対応はまちまちで、例えば寒冷地手当は宮城教育大学は減額なく支給されたが、減額された大学もある。これは法人化されたことが端的に現れているのだと感じた。来年はもっとまちまちになって、こういう会がもっと重要性を帯びてくると思う。

・来年は岩手大学ということで、かえったら女性部ですぐに検討していきたいと思う。来年もよりいっそう充実した会が持てるように努力していきたい。

・福島大学で3名の日々雇用職員が定員化されたということで、組合が大きければ厳しい要求でも通るということを実感した。これから組合活動を活発にして組合を大きくするように運動していきたいと思う。


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